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高松高等裁判所 昭和43年(ラ)63号 決定 1969年9月02日

抗告人 大宮孝(仮名)

相手方 大宮静枝(仮名)

主文

原審判を取消し、本件を高松家庭裁判所丸亀支部へ差戻す。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。

職権をもつて判断するに、原審判は、被相続人大宮一郎の遺産を合計金三七六万四、六六二円と評価しておきながら、「ところで、本件遺産として前記の財産が存するが、これらはいずれも被相続人が営んでいた○○商の所産であつて、前記認定のような相手方の右○○商に対する貢献度、即ち、営業開始時に相当な資金を出し、営業自体にも店舗に在るなどして常に被相続人の右○○商を扶け、被相続人が昭和三七年こう頭癌にかかつてからは、被相続人を看病しながら被相続人に代つて被相続人の死亡まで右○○商を続けてきていたことからすると、相手方は被相続人の遺産の形成に特別の寄与をしたものというべく、遺産分割手続における本件土地、家屋、商品の評価については、前記相手方の固有財産と認定した財産が主に右○○商による収益の分け前的性質をもつものであることを考慮に入れても、少くともその二割(金五九万五、四九一円)を相手方に償還させた額を以てするのを相当と解する。以上に基づく本件遺産の総額は、金三一六万九、一七一円となる」と判示し(原審判書一〇枚目表一〇行目初めより裏末行目まで)、申立人の相続分を右の金三一六万九、一七一円の三分の二の金二一一万二、七八〇円と認め、右相続分に従つて申立人の取得財産を定めている。

そうすると、本件遺産中金五九万五、四九一円相当分は、各自の相続分と関係なく、まず相手方に帰属させられたこととなる。

しかしながら、裁判所は遺産分割に当り、どの財産又は権利をどの相続人に与えるか、あるいはどのような分割方法を採用するか等については広汎な権限を有するが、相続人の相続分を左右する権限まで有するものではなく、その相続分を超えて遺産を取得させることはできないのである。離婚の際の財産分与の審判にあたつては、財産の形成に対する他方当事者の協力の有無又は程度が分与の額に影響することがあるが、同様の理は遺産分割の審判には適用がない。けだし、財産分与にあつては、分与の審判そのものがいわゆる潜在的持分の清算たる性質を有するが、遺産分割にあつては、潜在的持分は相続分の形で定型化しているのであつて、ある相続人が遺産の形成に対して一般的な寄与、貢献をしているとしても、そのことを根拠として、その相続人に相続分以上の遺産を取得させることはできない。原審判の趣旨とするところは、必らずしも明瞭ではないが、本件土地、家屋、商品の形成について相手方の一般的な寄与、貢献があるものとし、あるいは右財産について相手方が潜在的持分を有するとして、財産分与におけると同様な配慮から、その二割相当分の財産を実質上相手方に取得させたものとするならば、その誤りであることは明らかである。もしそうでなく、右各財産について相手方が法律上二割の権利を有し、右各財産が被相続人と相手方との共有であるという趣旨であるならば、一応相続分の定めには反しないこととなるけれども、そうであれば、相手方の二割の持分に関する限りはそもそも遺産ではないことになるから、原審判はその理由にそごがあることになる。またもし、相手方が被相続人に対して反対債権を有するという趣旨であるならば、その債権の性質、発生原因、金額を特定すべきであり、抽象的に、本件土地、建物、商品の評価額の二割である金五九万五、四九一円の償還というのみでは足りないといわなければならない。そればかりではなく、かりに反対債権が存したとしてもその債権は一応相続債務となり、各相続人の相続分に応じて当然分割されるのであつて、原審判のように、最初に右債権の総額を遺産の総額より控除すべきものではない。

これを要するに、原審判が、相手方に対し本件遺産中金五九万五、四九一円相当分を帰属させた根拠を発見することができず、原審判には、遺産分割に関する法令の解釈を誤つたか又は理由そごもしくは理由不備の違法があるというべきである。

次に原審判は、「被相続人が生前使用していた古ダンス、金の指輪については、被相続人が生前申立人に贈与したい旨いい残していたものであつて、現在相手方において占有していることは当事者間に争いがないことが記録上明らかであるから、これを申立人に取得させるべく、相手方に対しこれを申立人に引き渡さしめる。なお右物件を申立人に取得させるについては、家財道具が遺産として存する旨の主張を申立人においてせず、この存在が明確でないが、いくらかの物件が存していて相手方において占有していることが推認されるので、これとの関連において、特に金銭的代償の措置は考慮しない」旨判示している(原審判書一四枚目表一行目初めより一一行目終まで)。

しかしながら、右の判示は、古ダンスおよび金の指輪を死因贈与の目的物と認めたもののようでもあり、また遺産と認めたもののようでもあつて、その趣旨が明確でない。もし、右物件が死因贈与の目的物であつたとするならば、被相続人の死亡と同時に右物件は申立人の所有に帰するわけであり、敢て審判の要はない。かりに、原審判の趣旨とするところが、遺産としての認定であり、被相続人の贈与の意思云々はたまたま右物件の縁故に言い及んだにすぎないとしても、原審判の説示しているような理由では、右物件を申立人に取得させることのできないことは明らかである。さきにも述べたように、遺産分割の審判は、遺産を厳密に各相続人の相続分に応じて分割する処分なのであるから、分割の対象たるべき財産はすべて客観的に評価して相続財産に加え、各人の相続分を算出し、その相続分に過不足のないように遺産を配分すべきものであつて、原審のなしたような適宜の措置は許されぬところである。

してみると、原審判は、理由に不備もしくはそごがあるか、又は遺産分割に関する法令に違反し、相続分によらずして遺産を分割した違法があるというべきである。

さらにまた、原審判は、被相続人大宮一郎の遺産である商品一切を相手方の単独取得と定めているが、その処分の実質的当否は暫らくおき、「商品一切」という主文は、物件の特定として十分ではないといわざるを得ない。

そして、以上の諸点は、審判の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、原審判は、抗告人の抗告理由について判断を加えるまでもなく、取消を免れない。而して本件については、更に事実の審理を尽す必要があると認められるので、本件を高松家庭裁判所丸亀支部へ差戻すこととする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橘盛行 裁判官 今中道信 裁判官 藤原弘道)

参考 原審 高松家丸亀支 昭四一(家)一〇九号 昭四三・七・一七審判

主文

被相続人大宮一郎の遺産である別紙第一目録記載の土地家屋、別紙第二目録記載の○○△局○○○○番の電話加入権、および商品一切を相手方の単独取得とする。

被相続人大宮一郎の遺産である別紙第二目録記載の預金債権のうち1、2の各(イ)の預金債権、電信電話債権のうち1の各債権、および古ダンス(被相続人が使用していたもの)、金の指輪を申立人の単独取得とする。

相手方は申立人に対し、金一四八万八、一七四円を、昭和四三年八月末日に金八〇万円、昭和四四年八月末日に金三〇万円、昭和四五年八月末日に金三八万八、一七四円と分割して支払い、前項申立人の取得とした割引電信電話債権証券、古ダンス、金の指輪を引き渡せ。

申立人は相手方に対し、昭和四四年八月末日限り、相手方から前項の金八〇万円および金三〇万円の支払を受けるのと引換に、別紙第一目録記載の家屋のうち付属建物を明け渡せ。審判ならびに調停費用は各自弁とする。

理由

第一、当事者の主張

一、申立人の主張

1、被相続人大宮一郎(本籍北九州市○○区○町○丁目○○○番地の○)は、別紙第一目録記載の家屋の店舗で○○商を営んでいたが、昭和四一年一月九日死亡した。

2、その相続人は被相続人の養子である申立人と配偶者の相手方とであり、申立人と相手方との間には養親子関係はない。

3、本件遺産は、被相続人名義の別紙第一目録記載の土地家屋、右家屋にあつた商品(家庭裁判所調査官田村政文作成の昭和四一年一一月一〇日付遺産分割事件調査報告書添付の別紙4(イ)(ロ)(ハ)、5記載の商品のほか、将棋盤六寸物五寸物各一、巻物(京極家)一、観音像(陶器)一、小判一、長型銀塊一、銀瓶一、火鉢二、掛軸一、茶箱一、火鉢(瀬戸物)一、卓子(紫檀)一が存した。)、および別紙第二目録記載の各債権のうち売掛金その他の債権の項の申立人に対する貸金債権等(これについては、被相続人からその生前債務の免除を受けていたものである。)をのぞくすべての債権である。尤も右債権のうちには、相手方名義となつているものも存するけれども、これらは、いずれも被相続人がその営む○○商によつてえた収入で相手方名義で取得していたものであつて、相手方に帰属すべき債権ではない。

4、相手方は他に家族もないが、申立人は妻子四名を扶養し、現在貿易物の○○○○の剌しゆうの下請を業としており、工場拡張の必要に迫られているので、別紙第一目録記載の家屋でこの営業を続けたいから、本件遺産分割に当つては、右家屋を申立人の取得として貰いたい。

二、相手方の主張

1、申立人の1、2の主張事実は認める。

2、申立人主張の3の事実は、別紙第一目録記載の土地家屋の所有名義が被相続人名義となつていること、被相続人死亡当時、家庭裁判所調査官田村政文作成の遺産分割事件調査報告書添付の別紙4(イ)(ロ)(ハ)、5記載の各商品が存したこと、およびその主張どおりの各債権が存したこと、右債権のうち被相続人名義の預金債権が遺産であることは認めるが、その余の事実は否認する。右被相続人名義の預金債権以外は、いずれも被相続人の遺産ではなく、相手方の個有の財産である。即ち、相手方は、昭和七年三月被相続人と結婚し、昭和一四年ごろ数ヶ月間一旦別れたこともあつたが、昭和一七年三月二三日婚姻届を了し、爾来昭和二七年二月まで北九州市、別府市で生活していたところ、被相続人が心臓弁膜症にかかつたため、被相続人の郷里坂出市○○町に引き揚げた。その際所有家屋を代金約一三万円で売り払つてきたものの、売却についての諸経費、前記被相続人の治療費、生活費、引越費用等に費消して既に手持現金としてはわずかに約一万円を残す有様で、早速生活に困ることから、相手方は、同年三月から昭和二八年一一月初旬まで秋田、青森、山形の各県に○○○等の行商に出てこの間の生活を支え、幸い右の行商によつて一五万円余の貯えもできたので、これを資本に、同年一一月中旬丸亀市○○町に家を借り、相手方自ら北九州方面で商品を仕入れ、被相続人名義で○○商を始めた。このように営業名義は被相続人名義としてはいたものの、被相続人は病弱のため、相手方が主となつて右営業を続け、相手方は、その収益によつて、昭和三四年八月二〇日別紙第一目録記載の土地家屋を代金八〇万円で今井金二から買い受けて被相続人名義で所有権移転登記を受け、また商品についても、相手方がその営業のため自ら買い受け(例えば、鎧は昭和三九年八月三日代金二五万円で丸亀市の田倉某から、茶ダンスは昭和三九年八月二九日代金八万円で大阪市○区○○町○○番地丸山商店から各買受けたものである。)たものであり、各種債権についても、被相続人名義の預金債権以外は、大宮静枝、宮本アキ子名義の分はいうに及ばず、被相続人名義の分についても相手方が前記○○商の収益によつて被相続人名義で取得していたものであるから、被相続人名義の預金債権以外は、被相続人名義の分も実質上の所有者は相手方であるから、すべて遺産ではなく相手方の個有の財産である。

3、本件遺産として、申立人に対する

小型自動車代金の残り        一五万円

申立人使用の職人に対する給料立替金 二万円

物干台工事代金           一万三、〇〇〇円

電気工事代金            六、〇〇〇円

車戸代金              一、八〇〇円

上敷代金              一、八五〇円

合計                一九万二、六五〇円

の債権が存する。

4、以上の次第で、別紙第一目録記載の土地、家屋、商品等は相手方の個有の財産であるが、かりにこのことが認められず遺産であるとすれば、相手方は、他に頼るものもなく、従前同様○○商を続ける以外に生活の途がなく、現に被相続人死亡後は相手方名義でその営業を続けているものであるから、右土地、家屋、商品等は相手方の取得として貰いたい。

第二、当裁判所の判断

一、共同相続人と相続分の確定

戸籍謄本ならびに申立人(昭和四二年一二月一二日)相手方(同年一〇月一七日)各審問の結果によれば、被相続人大宮一郎(本籍北九州市○○区○町○丁目○○○番地の○)は、昭和四一年一月九日相手方の肩書住所において死亡し、本件遺産相続はこの時開始したのであるが、その共同相続人は、被相続人死亡当時の妻である相手方とその養子である申立人の両名であることが認められ、従つて、その法定相続分は、申立人が三分の二、相手方が三分の一である。

二、遺産の確定

(一) (1) 被相続人死亡当時、別紙第一目録記載の土地家屋(以下本件土地家屋という。)、別紙第二目録記載の一、1、2の各(イ)の預金債権、三、1の電話加入権、四の1ないし3の売掛代金債権が被相続人名義で存したこと、および被相続人名義(その実質上の経営者が誰であつたかはしばらくおく。)のもとに本件家屋で営まれていた古物商の商品として、家庭裁判所調査官田村政文作成の遺産分割事件調査報告書(昭和四一年一一月一〇日付)添付の別紙4(イ)(ロ)(ハ)、5記載の物件(以下本件商品という。)が存したこと、ならびにこれらのうち被相続人名義の預金債権が遺産であることは当事者間に争いがない。

(2) 而して、相手方は、右被相続人名義の預金債権をのぞく右財産は、相手方が被相続人名義で○○商を経営してえた収益によつて取得したものであつて、相手方の個有の財産であると主張するけれども、右被相続人名義での○○商が実質上相手方の営むものであるということについては、これを認めるに足りる証拠はなく、被審人平川守審問の結果、前顕相手方審問の結果によつても、相手方が、昭和二七年二月、被相続人が心臓弁膜症のため、それまで居住していた別府から被相続人の故郷である坂出市○○町に被相続人とともに引き揚げてきて、病身の夫を抱え、そう大きな貯えもないところから、同年三月から昭和二八年一一月初旬まで青森、秋田、山形等の各県へ○○○等の行商に出て生計を支え、同月中旬ごろ丸亀市○○町に家を借りて被相続人名義で○○商を始めるに当つて、右行商によつてえた一〇数万円をその資本の一部に充てたことを認めうるにとどまり、かえつて、被審人大宮忠一、同大宮英夫、同大宮三郎、同浜中ヨシ子各審問の結果、前顕申立人、相手方各審問の結果、前顕調査官の調査報告書によると、被相続人は、本件○○商を始める前から日ごろ○○○○に興味を抱いていて、当初の資金の相当な部分を前記相手方の行商によつてえた利益に頼つたとはいえ、被相続人が本件○○商を始めたものであつて、被相続人がこう頭がんになつた昭和三七年ごろまでは、被相続人が名実ともにその主体となり、相手方も店舗に出てこれを扶け、ともに協力して本件○○商を営んでいたものであり、その後は相手方において、被相続人からその経営を委されてこれに当つていたものであることが認められる。

そうだとすると、右被相続人名義の財産は、すべて被相続人の遺産と認めるのが相当である。

(3) 従つて、本件遺産である○○△局○○○○番の電話加入権とともに取得したものであることが前顕相手方審問の結果によつて認められる別紙第二目録二、1記載の電信電話債権(相手方において占有)も遺産に属するものといわねばならない。

(4) 別紙第二目録記載の四、4の申立人に対する貸金債権等については、申立人もこの発生を認めたうえで、債務の免除をえたというけれども、右債務の免除を認めるに足りる証拠はないので、右申立人に対する債権は遺産として存するものといわねばならない。

(5) 申立人は、本件商品のほかに○○○等一三点の商品が遺産として存したと主張するけれども右主張を認めるに足りる証拠は全くない。

(6) 申立人は、別紙第二目録記載の宮本アキ子、大宮静子名義の預金債権、大宮静子名義の電話加入権、これとともに取得した二、2の電信電話債権をも本件遺産であると主張するけれども、これを認めるに足りる証拠がないばかりか、却つて、前顕調査官作成の報告書添付の別紙2(イ)(ロ)、3家庭裁判所調査官田村政文の昭和四三年六月四日付遺産分割事件調査報告書、○○相互銀行○○支店長作成の昭和四一年五月一〇日付回答書、前顕相手方本人審問の結果、その他本件記録にあらわれた諸資料によれば、被相続人は、昭和三七年からこう頭がんを患い、昭和三八年八月には高松市所在の○○○○病院に入院し、昭和三九年五月には遂に気管切開手術を受けていたものであつて、昭和三七年終ごろからは殆んど仕事もできず、○○商の仕事は専ら相手方一人がこれに当つていたものであり、このため、被相続人は、昭和三八年八月ごろ、それまで大宮静枝、宮本アキ子名義で預金し自己において保管していた預金通帳、印鑑を相手方に渡し、これを相手方に贈与して○○商の営業を相手方に委ねていたこと、他方右各債権は、前記被相続人が病気のため仕事ができなくなつた後に、相手方において、自己名義で預金あるいは申込をして取得したものであつて、このことに被相続人において別段異議もなかつたことが認められることからすると、右各債権は遺産ではなく、相手方の個有の財産と認めるのが相当である。

(二) 右遺産の価額は、

(1) 本件土地家屋は、鑑定人大谷義光の鑑定結果によれば金一七二万円、

(2) 本件商品は、当事者間に合意ができているとおり仕入原価の二割増と見積るのを相当とするから、前顕昭和四一年一一月一〇日付家庭裁判所調査官作成の調査報告書によると、合計金一二五万七、四五六円(被相続人死亡後相手方において売却し、その価額が仕入原価の二割増を下迴るものも存するが、本件商品全体を通じてみるとき、このことは前示認定を妨げるものではない。)、

(3) 預金債権は、その額面(利息を含めて)どおりの合計金三四万七、三九六円、

(4) 電信電話債権は、当裁判所において調査したところによると、大阪証券取引所における取引価格は、一万円券につき、昭和四三年五月一七日金五、九七〇円、同年七月四日金六、〇四〇円であつて、大きな価格の変動もみられないので、金六、〇四〇円の割合による合計金八万四、五六〇円、

(5) 電話加入権は、前記家庭裁判所調査官の調査報告書により金七万円、

(6) 売掛代金その他の債権はその金額の合計金二八万五、二五〇円、

以上合計金三七六万四、六六二円であることが認められる。

(三) ところで、本件遺産として前記の財産が存するが、これらはいずれも被相続人が営んでいた○○商の所産であつて、前記認定のような相手方の右○○商に対する貢献度、即ち、営業開始時に相当な資金を出し、営業自体にも店舗に在るなどして常に被相続人の右○○商を扶け、被相続人が昭和三七年こう頭がんにかかつてからは被相続人を看病しながら被相続人に代つて被相続人の死亡まで右○○商を続けてきていたことからすると、相手方は被相続人の遺産の形成に特別の寄与をしたものというべく、遺産分割手続における本件土地、家屋、商品の評価については、前記相手方の個有財産と認定した財産が主に右○○商による収益の分け前的性質をもつものであることを考慮に入れても、少くともその二割(金五九万五、四九一円)を相手方に償還させた額を以てするのを相当と解する。

以上に基づく本件遺産の総額は、金三一六万九、一七一円となる。

三、遺産分割について考慮さるべき当事者の事情

(一) 本件記録にあらわれた諸資料によると次の事実を認めることができる。

(1) 申立人は、被相続人の弟であつて、昭和一二年四月被相続人の事実上の養子となり、それから小学校高等科を卒業した昭和一四年三月までは被相続人、相手方夫婦のもとで養育されていたが、小学校卒業後は直ちに実家へ帰り、その後昭和二四年五月から同年一二月まで、昭和三九年一月から同年一二月まで二回に亘つて被相続人夫婦と同居したが、申立人夫婦(昭和二二年三月二〇日婚姻)と相手方との折合いが悪るいため別居し、昭和四〇年一一月から被相続人の要望もあつてその看病のため本件家屋の付属建物部分に移住(生計は被相続人と全く別)して今日に至つたものであり、現在右付属建物部分で貿易物の○○○○の剌しゆうの下請を業とし、妻と子供三人を養育していて生活に余裕はないが、坂出市○○町に宅地一六三・六三平方米(四九・五坪)木造瓦葺平家建居宅床面積七九・三三平方米(二四坪)を有している。

(2) 相手方は、昭和七年三月被相続人と結婚し、昭和一四年に数ヶ月離別していたことがあつたとはいえ、三〇余年被相続人と結婚生活を続け、被相続人が病弱のゆえもあつて、昭和二七年二月被相続人の故郷坂出市○○町に引き揚げてきてからは、自ら東北地方に○○○等の行商にでるなどして生計を支えたうえに○○商を始めるに当つて相当の資金を出したばかりでなく、日ごろ被相続人の右○○商を手伝い、殊に被相続人がこう頭がんにかかつた昭和三七年からは被相続人に代つて右営業を続け、現在は○○商の営業名義も自己名義で許可を受けて被相続人の営業の跡を継ぎ、本件家屋で前記○○△局○○○○番の電話を使用して○○商を営んでいるものであり、かつ他に頼るものもなく、右○○商営業を離れて他に生活手段を見出すことは、相手方の年令からみても非常に困難である。

(二) 而して、相手方の被相続人に対する看病の態度を非難した被相続人の録音テープが存するけれども、これは、被相続人の死亡より約二週間前の昭和四〇年一二月二六日、被相続人と相手方とのさ細なことからの口争いの直後相手方不在の間に録音されたものであり、他方被相続人が入院していた病院の医師林正義、同土井真人各作成の証明書によつて、相手方がよく被相続人の面倒をみていた事実が認められ、三〇余年間そう風波もなかつた被相続人と相手方の夫婦関係からみると、相手方においていくらか被相続人の看病にかけるところがあつたとしても、この録音にあらわれている被相続人の相手方に対する感情をもつて、直ちに被相続人の相手方に対するいつわらざる心情とするのは、いささか早計といわねばならない。

四、遺産の分割

(一) 以上の事実関係のもとでは、相手方に本件家屋で○○商を継続させるように本件遺産を分割するのが相当と考えられるから、本件土地、家屋、商品一切(既に相手方において売却済のものについては相続分の先取りとして)、○○△局○○○○番の電話加入権を相手方に、前記本件遺産である預金債権、電信電話債権、別紙第二目録記載の四の4の債権を申立人の各取得とし、同目録記載の四の1ないし3の各債権は、既に相手方において支払を受けているので相手方において相続分を先取りしたものとみなす。

ところで、前記認定の遺産の評価額によると、右申立人の取得分は金六二万四、六〇六円となるが、申立人の相続分は、本件遺産総額金三一六万九、一七一円の三分の二の金二一一万二、七八〇円となるので、その差額金一四八万八、一七四円を相手方に右物件取得の代償として支払わしむべきであるが、右金員の支払については、相手方の資産状態を考慮し、昭和四三年八月末日に金八〇万円、昭和四四年八月末日に金三〇万円、昭和四五年八月末日に金三八万八、一七四円の分割払とするのを相当と認める。

而して、右申立人の取得とした電信電話債権は相手方が占有するところであるから、相手方をして申立人にこれを引き渡さしむべく、また、相手方の取得とした本件家屋のうち申立人が占有している付属建物部分は、申立人をして相手方に対し、昭和四四年八月末日限り相手方から前記金八〇万円と金三〇万円の支払を受けるのと引換に明け渡さしめることとする。

(二) 被相続人が生前使用していた古ダンス、金の指輪については、被相続人が生前申立人に贈与したい旨いい残していたものであつて、現在相手方において占有していることは当事者間に争いがないことが記録上明らかであるから、これを申立人に取得させるべく、相手方に対しこれを申立人に引き渡さしめる。なお右物件を申立人に取得させるについては、家財道具が遺産として存する旨の主張を申立人においてせず、この存在が明確でないが、いくらかの物件が存していて相手方において占有していることが推認されるので、これとの関連において、特に金銭的代償の措置は考慮しない。

(三) なお相手方は、被相続人の債務として、(イ)、久保栄に対し昭和三九年一月金二〇万円、同年五月金三〇万円を借り受、相手方において昭和四一年四月三〇日金二〇万円を返済した残金三〇万円の債務、(ロ)、○○板金加工所に対し金五、二五〇円の債務、(ハ)、株式会社○○に対し金四万七、八〇〇円の債務、(ニ)、有限会社○○商店に対し金五万四、八〇〇円の債務(右(ロ)、(ハ)、(ニ)の債務は、相手方が昭和四一年三月三一日支払済)が存すると主張するけれども、右各債務ことに(イ)の債務については当事者間に争いがあるばかりでなく、これらの債務は、被相続人の死亡によつて当然申立人と相手方に相続分に応じて分割承継されたものと解され、遺産分割によつて分配さるべき筋合のものではないから、本件遺産分割においては、この点については何等判断しない。

(四) 本件審判および調停費用は、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二七条に則り各自弁とする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 美山和義)

第一目録、第二目録

(編略)

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